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福岡地方裁判所 昭和37年(ヨ)443号 決定 1963年2月18日

申請人 三島清成

被申請人 西日本鉄道株式会社

主文

被申請人は申請人に対し金七〇、〇〇〇円及び昭和三十八年二月一日から本案判決確定にいたるまで一ケ月金一七、五〇〇円の割合による金員を毎月その月の末日までに支払わなければならない。

申請人のその余の請求を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

申請人は、「被申請人は申請人に対し金三三四、二二四円および昭和三七年一〇月以降毎月末日までに金三〇、三八四円を仮りに支払わなければならない」との裁判を求めた。

そして、その理由というのは、次のとおりである。すなわち、

一、申請人は、被申請人会社に雇傭されていた従業員であるが、昭和三五年三月一一日被申請人会社で行われた所持品検査のとき靴を脱がなかつたということで同年三月一七日に出勤禁止処分をうけ、さらに同年七月二一日付で右同様の理由で懲戒解雇処分に付せられた。

そこで、申請人は被申請人会社を相手に福岡地方裁判所に従業員としての地位保全を求める仮処分を申請し、同裁判所は昭和三六年二月一五日「申請人が被申請人会社に対して雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める」旨の決定をなしたが、その後同裁判所は同年一〇月二四日被申請人会社の異議申立にもとずき右仮処分決定を取消し申請人の仮処分申請を却下する旨の判決をなした。

そこで申請人は右判決を不服として福岡高等裁判所に控訴の申立をしていたが、同裁判所は昭和三七年九月二五日、「原判決を取消す、申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める(さきの昭和三六年二月一五日の仮処分決定認可)」旨の判決をなした。

二、申請人が被申請人会社に雇傭され就労していたころ、出勤禁止処分をうける以前三ケ月間(昭和三五年一月より同年三月まで)における平均賃金は月額二五、八一四円であつた。被申請人会社では昭和三五年四月と昭和三六年四月にそれぞれ全従業員に対する定期昇給を行つたので、申請人が前記懲戒解雇されていなかつたとすれば被申請人会社から受くべかりし平均賃金は昭和三五年四月一日以降は二七、二七四円(一、四六〇円の昇給)、昭和三六年四月一日以降は三〇、三八四円(三、一一〇円の昇給)の計算になる。

三、申請人は、さきの福岡地方裁判所における昭和三六年二月一五日の仮処分決定以降平均賃金の約六割に相当する賃金を被申請人会社から支給されたが、その後同裁判所で同年一〇月二四日右決定が取消されたため、右賃金の支払は同年一〇月分までで打切られ、同年一一月分以降の賃金は現在にいたるまで全く支払われていない。しかし、前記地位保全の仮処分の裁判の経過によつて明らかなように申請人は被申請人会社に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることが仮りに設定されたのであるから、申請人は被申請人会社に対し右昭和三六年一一月分以降現在にいたるまでの未払賃金を請求する権利を有し、また将来も毎月末までに一ケ月の平均賃金三〇、三八四円の支払を請求する権利を有する。

四、申請人は、すでに福岡地方裁判所に対し被申請人会社を相手に解雇無効確認ならびに賃金支払請求の本案訴訟を提起し、右訴訟は同裁判所に係属中である。しかし、三名の扶養家族をかかえ、定収入の途を閉された申請人は、右本案判決確定を待つていては将来回復することのできない損害を被るおそれがあるので、昭和三六年一一月分以降昭和三七年九月分までの未払賃金合計三三四、二二四円および昭和三七年一〇月分以降毎月三〇、三八四円の支払を求めるため本件仮処分命令申請に及んだのである。以上が申請の理由である。

そこで、当裁判所の判断を示すと、

一、右申請理由中第一項にかかげた事実は当事者間に争なく、これによれば、前記仮処分事件の裁判によつて結局のところ被申請人会社の申請人に対する前記懲戒解雇処分は無効なものと判断され、申請人が被申請人会社の従業員たる地位が仮りに設定されたことが明らかである。そして、被申請人会社が右懲戒解雇処分以降はその名の下に申請人の就労を拒否し続け、これがため申請人がその間労務の続行をなすことができないこと、その間の賃金については、被申請人会社が前記仮処分の決定のあつた昭和三六年二月分以降右決定に対する異議申立事件の取消判決のあつた昭和三六年一〇月分までの間、前記出勤禁止前三ケ月分の平均賃金の百分の六〇に相当する金額を申請人に支払つてきたが、昭和三六年一一月分以降の賃金については現在にいたるまで全然支払つていないこともまた争ない事実である。そして右仮処分事件の裁判(前記仮処分決定に対する異議申立事件に対する福岡高等裁判所の判決)が確定していることは当裁判所において顕著な事実である。これらの事実関係から判断すると、被申請人会社は一応無効と認めらるべき前記懲戒解雇の名の下に不当に申請人の就労を拒否し、これによつて申請人はその労務の履行をなすことが不能になつたものといわなければならないから民法第五三六条第二項にいう「債権者の責に帰すべき事由に因りて履行をなすこと能わざるにいたりたるとき」に該当し、申請人はその就労不能の解雇期間中反対給付たる賃金の支払を受ける権利を失わないものといわなければならない。そして、民法第五三六条第二項にいう「債権者の責に帰すべき事由」は信義誠実の原則並びに一般社会通念に照らして判断すべきであつて、本件の如き不当解雇による就労拒否の場合には必ずしも債権者たる使用者において主観的にその解雇が不当ないし無効なものと認識することを要しないものと解するのが相当であるところ、被申請人会社は、前記懲戒解雇につき被申請人会社従業員で組織する西日本鉄道労働組合の承認を得たこと、前記仮処分決定に対する異議申立事件の第一、二審判決中において右懲戒解雇の対象となつた申請人の行為(所持品検査のとき靴を脱がなかつたこと)が就業規則所定の懲戒事由に該当するものと判断されたこと、なかんづく右異議申立事件の第一審判決において右懲戒解雇そのものが有効と判断されたことなどの事情からみて被申請人会社が右懲戒解雇を有効と信じ且つそのように信ずるについて相当な理由があるから、右懲戒解雇に基く申請人に対する就労拒否は「債権者の責に帰すべからざる」ものであり申請人は賃金支払をうける権利がない、としてその支払を拒絶している。しかしながら、被申請人会社が右のような事情のもとに右懲戒解雇を有効なものと信じたとしても、それだけで本件の如き不当解雇による前記就労拒否を「債権者の責に帰すべからざるもの」と解することはできない。

二、被申請人代理人審尋の結果および疏明によれば、申請人の前記出勤禁止処分前三ケ月間における賃金は、基準賃金(基本給および家族給)が各月一八、八〇〇円(基本給一六、二〇〇円、家族給二、六〇〇円)、基準外賃金が合計二一、〇四二円であること、基準賃金は昇給、ベースアップ、家族構成の変動などのないかぎり各月一定し、基準外賃金は稼動の実績に応じ月毎に増減変動があること(右基準外賃金の右三ケ月間の総日数で除した平均賃金は日額二三一円となる)、その後昭和三五年五月二日被申請人会社と西日本鉄道労働組合との間に昇給に関する賃金協定が締結され、同年四月分以降従業員全般の基本給が一人平均税込一、六〇〇円昇給し、さらに昭和三六年四月二一日右両者間に前同様賃金協定が締結され同年四月分以降前同様基本給が一人平均税込三、〇〇〇円昇給したこと、そして右各昇給金額の具体的、個別的配分についてはそれぞれ右各協定に定められた配分ならびに調整基準によつて算出すること、右基準の適用については被申請人会社の裁量を殆ど必要とせず従業員各個人の昇給配分額は殆ど機械的に計算が可能であること、および右各昇給については従業員に対し右基準によつて算出された昇給額を通知するに止め昇給辞令の交付がなされていないことが認められる。

このような賃金型態、ならびに昇給協定などの事情を考えると、申請人の本件被保全権利たる賃金額を算出するには先づ一応基準賃金と基準外賃金とに区別して算出する必要があると認められ、しかも基本給については申請人は他の一般在籍従業員と同様に昇給をうける権利があるものと解するのが相当である。けだし、本件の如き不当解雇期間中の賃金が労働基準法第一二条に定める算出方法によつて算定された平均賃金に限られるという理由がなく、また右平均賃金の算出方法がこれを算定すべき事由の発生した日(本件においては前記出勤禁止処分のあつた日)以降における右各昇給によつて影響をうけないからといつてこれを申請人に対する右各昇給を否定する根拠とすることもできないであろう。

疏明にあらわれた前記各昇給協定による配分ならびに調整基準によると、申請人の基本給は前記第一回目の昇給により昭和三五年四月分以降一、四五〇円、第二回目の昇給により昭和三六年四月分以降一、九四〇円それぞれ昇額し、結局において申請人の基本給は昭和三六年四月分以降一九、五九〇円となることが認められる。そして右基本給に前記家族給二、六〇〇円を加えると申請人の基準賃金は昭和三六年四月分以降二二、一九〇円となる。つぎに、基準外賃金については、労働基準法第一二条所定の算出方法にならい前記出勤禁止処分前三ケ月間に支払われた基準外賃金の総額をその期間の総日数で除した金額(日額)二三一円の割合で算定(二八日の月は六、四六八円、三〇日の月は六、九三〇円、三一日の月は七、一六一円となる)するのが相当である。

したがつて、申請人が本件において被申請人会社に対して請求し得る被保全権利としての賃金は、現に支払を求めている昭和三六年一一月分以降については毎月右基準賃金二二、一九〇円に右基準外賃金を加えた合計金額(但し二八日の月は二八、六五八円、三〇日の月は二九、一二〇円、三一日の月は二九、三五一円)をもつて相当とし、被申請人会社は申請人に対しおそくとも毎月末日までに右賃金を支払いしなければならない義務があるものといわなければならない。

三、申請人がすでに当庁に対し被申請人会社を相手に前記懲戒解雇無効確認ならびに賃金支払請求の本案訴訟を提起していることは当事者間に争がない。申請人が被申請人会社に対し賃金支払請求権を有すると認められるにもかかわらず、被申請人会社が前記懲戒解雇の名のもとに不当に申請人の就労を拒否し、しかも昭和三六年一一月分以降賃金の支払を拒否していることはすでに説明したとおりであるが、一般に労働者がその唯一の収入源ともいうべき賃金の支払を不当に拒否された場合には特段の事情のないかぎり著しい損害を被るものということができる。疏明によれば、申請人は賃金以外に収入源がなく、これまで友人、知人からの借財、不用品の売却によつて得た金員および昭和三六年九月頃から他に就職することによつて得た一ケ月約一四、〇〇〇円程度の収入などによつて一家の生計を維持してきたこと、右就職は申請人の解雇期間中生計を維持するための一時的方便にすぎずこれによる収入は将来きわめて不安定なものであること、申請人には妻、子、実母の三人の扶養家族があるが妻は現在生活の不安と苦しみのため別居していることが認められる。しかも、被申請人会社が前記のように昭和三六年一一月分以降賃金の支払を拒否していることから考えると、将来被申請人会社が任意に賃金を支払うことは到底期待できないものと推認される。これらの事情を考え合わせると、申請人の賃金仮払の請求中、本件仮処分申請前すでに発生した賃金債権の一時払を求める部分については今直ちにこれを認容しなければならない緊急措置としての必要性を認め難いが、現在ならびに将来の分については、申請人の最低限度の生活を保障し賃金不払から生ずる著しい損害を防ぐ緊急必要性があると認められるので、労働基準法第二六条の趣旨を参照して本件仮処分申請後である昭和三七年一〇月一日以降昭和三八年一月三一日まで前記被保全権利たる賃金の範囲内で一ケ月一七、五〇〇円の割合による賃金合計七〇、〇〇〇円および昭和三八年二月一日以降本案判決確定にいたるまで右同額の割合による賃金の支払を求める限度においてこれを認容し、その余は不相当としてこれを却下するのが相当である。

よつて訴訟費用につき民事訴訟法第九二条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 江崎弥 至勢忠一 諸江田鶴雄)

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